2012年3月9日フトバ

イフラース(純正)章のタフスィール(解釈)について(フトバ要約:’12.3.9)
「言え、かの御方はアッラー、唯一なる御方。アッラーは自存者。海もしないし、生まれもしない。何ものも似たものがなく比較できない。」(イフラース章)
 
・アハマド・ブン・ハンバル祖師(ハンバリー学派の祖:アッラーが彼に慈悲をおかけになりますように)がウバイイ・ブン・カアブ(アッラーが彼に満足なさいますように)が伝える伝承として、イフラース章の啓示の経緯について言及しています。「不信仰者が『おお、ムハンマドよ。貴殿の主の出自について教えていただけないか。』が尋ねると、アッラーはこの章を啓示しました。」と。
 
・権威あるハディースによると、この章はクルアーンの3分の1に相当するとされています。イブン・アッバースは次のように語ったとのことです。「クルアーンは三つの原理なテーマから構成されています。」
 
 (1)「法」とその実現のための方法を含む命令と禁止といった規範について。
 (2)アッラーの使徒を拒否して否定した者への懲罰と災厄、そして、信者たちへの約束と報奨について。
 (3)タウヒード(唯一性)の知識について。それは超越せしかな至高なるアッラーの美名と属性の形容であり、アッラーのしもべが必ず持つべき信仰箇条です。これは三つのテーマの中で一番大切なもので、イフラース章はこの三番目のテーマが凝縮されています。故に、クルアーンの3分の1に相当すると言われるのです。
 
 ・この章にタウヒードの知識とその原理(全能なるアッラーへの信仰の本質)の理解がどのように凝縮されているかみていきましょう。アッラーは命令していらっしゃいます。「かの御方はアッラー、唯一なる御方。」と。ここで、かのお方と比肩するパートナーについて否定していらっしゃいます。ワーヒドの場合も唯一を意味しますが、アハド(唯一なる御方)の場合はより唯一性が窮まっておりアッラーが隔絶しています。
 
 ・イブン・アッバース(アッラーが彼に満足したまいますように)のタフシィール(解釈)によると、「『アッラーはアッサマド(自存者)である』とは、彼は高貴さ(気前良さ)において随一であるということです。彼は全ての属性において完璧であることです。全ての被造物が戻る御方であり、全ての必要と行動を満たそうとして求める御方です。偉大さはかれの偉大さにおいて他の追随を許しません。誰一人として、彼と等しくなく、誰一人として、彼と似たものはいません。」
 
 ・純正のタウヒードとは次のように言及されています。「かの御方は生みも生まれもせず、比べうる何ものもない。」と。この言及は次の一般的な言及から理解できます。「言え、かの御方はアッラー、唯一なる御方。」何ものも彼を生むことはなく、彼もまた何ものも生まないのです。それは彼に一切並ぶものがなく、似たものがないということです。
 
 この章におけてタウヒードの概念が徹底されています。あらゆる偶像崇拝の拒絶と主の唯一性の宣誓です。かの御方が「あらゆる者たちが永遠にすがる」ものとして形容され、あらゆる属性が明かされ、すべての欠陥から縁遠く、父と子といったものから隔絶され、あらゆる被造物がかの御方を必要としながらも、かの御方は何者も必要となさっていないというかの御方の存在をほのめかされています。全ての被造物がすがらざるをえない存在、かのお方の唯一性がここで形容されています。似たものがなく、比較しようがなく、同位の者がないという偶像崇拝(シルク)の否定があります。それ故、この章はクルアーンの3分の1に相当すると言われるのです。

This entry was posted in イスラム教. Bookmark the permalink.

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *